長崎のすずき矯正歯科 副院長の鈴木智貴です。
矯正歯科治療に何を期待されていますか?
歯並びを綺麗にして思いっきり笑いたい。
歯磨きがちゃんとできるようにしたい。
硬い食べ物も食べれるようにしたい。
年をとっても自分の歯で食べたい。
このようなことを希望して矯正治療を希望されるのは当然です。
でもそれだけではありませんよね?
どうせ矯正治療をするなら可能なら顔の形も整えたい。
そう思いませんか?
近年綺麗な横顔を手に入れたいと矯正歯科を受信される患者さんが増加しています。
そう、口元を美しくすることも矯正歯科の重要な治療目標の一つです。
でも、そもそも綺麗な横顔って何でしょうか?綺麗な横顔の定義や基準がないと治療目標を立てられませんね?
実は綺麗な横顔の基準というのは色々ありまして、矯正歯科医はこれらの基準を使って治療目標を立てているのです。
代表的な基準はE-line(エステティックライン、イーライン)で、ご存じの方も多いでしょう。
でも我々矯正歯科医はE-lineだけをみているわけではありません。
美しい横顔の基準はE-line以外にも、Nasolabial Angle(鼻唇角)、Cant of upper lip(上唇の傾斜角)、Z-angle、黄金比などがあります。
それ以外の基準もあるのですが、私は通常これらの5つの基準を採用します。
矯正治療というのは歯並びを整えることで上下の唇の位置を変化させて横顔を整えますので、治療可能なのは主に鼻から下の下顔面と言われる部位だがらです。これ以外の部位は形成外科や美容外科が担当になります。
このページでは上記の綺麗な横顔の基準について説明した後に我々矯正歯科医が実際の臨床で上記の基準をどのように使用して患者さんの治療に生かしているのか解説します。
Contents
横顔美人の5つの基準
イーライン
イーラインは女性誌などでも度々取り上げられる基準で知っている方も多いと思います。
イーラインは上のイラストのように鼻の先端と顎の先端を結んだ線で、1954年にアメリカの矯正歯科医Drリケッツが横顔を見るときの美の基準として提唱したものです。
リケッツは美しい横顔は下唇が2mm、上唇が4mmイーラインにたいして後方に位置しているとしています。
しかし、これは鼻の高い白人に対する基準で日本人にこの基準を合わせると口元が引っ込みすぎてしまいます。
明確な基準というものはありませんが、日本人の場合は下唇がイーライン上、上唇がイーラインの2mm後方にあるとされています。
鼻唇角
鼻唇角はあまり一般的ではないですが、美容外科のHPなどでは説明があるサイトもあるため知っている方もいるかもしれません。鼻唇角は上のイラストのように鼻下線(鼻の先端と鼻の付け根を結んだ線)と上唇線(鼻の付け根と上唇を結んだ線)の交わる角度のことを言います。
アメリカの矯正歯科医マクナマラ教授(ミシガン大)はバランスの取れた横顔をもつ人はこの角度が102°±8°であると提唱しました。また、マクナマラ教授らは1996年に日本人の鼻唇角の関する論文を発表しています。この論文では正常咬合の日本人の鼻唇角の平均値は男性で90.7°±10.4°、女性で92.2°±8.7°であったと発表しています。しかし、この論文はサンプル数が少なく、日本の矯正歯科医や美容外科医でも意見が一致していません。90°~100°が良いという意見や110°が良いという意見があります。
私は治療目標として90°~110°に入れるようにしていまが、男女で多少目標値を変えています。この角度が大きいと女性的な顔になるため、男性では90°~100°、女性では100°前後を目標にしています。
因みに、昭和のアイドルは八重歯が可愛いと言われていたことを知っていますか?
これは八重歯があるとその分上顎前歯が内側に倒れるため、上唇が内側に倒れて鼻唇角が大きくなるのです。
この角度が大きいと鼻が高く、すっとした顔に見えますので昭和時代は八重歯のアイドルが多かったのだと思います。
上唇の傾斜度
ここから後の基準に関しては矯正歯科医や美容外科医以外はなじみのない基準になります。
それはここから後の基準に関しては解剖学的な基準線を使うため専門知識がないと分かりにくいためだと思います。
解剖学的にはナジオンという眉間にある骨からFH平面(フランクフルト平面)に対しての垂線(ナジオンライン)と上唇線(鼻の付け根と上唇を結んだ線)の交わる角度でが、上のイラストを見てざっくり捉えて頂いた方がいいと思います。
この角度は先ほどの論文によると、日本人男性の平均値は17.1°±10.4°、日本人女性の平均値は17.9°±5.4°とされています。
私は上唇の傾斜度は鼻唇角の補足として使用しています。なぜかというと鼻唇角は鼻の形に大きく左右されるからです。
鼻が上向きの人の場合、鼻唇角はどうしても大きな角度になってしまいます。そのような時に上唇の位置を決める際にこの上唇の傾斜度をみることでバランスを取れるからです。
Z-angle
Z-angleはアメリカ矯正歯科医DrKlontzが横顔の美の基準として提唱したもので、FH平面と顎の先端と下唇を結んだ線が交わる角度のことを言います。FH平面(フランクフルト平面)とは解剖学的には眼窩下点(眼窩下縁)と外耳道上縁を結んだ線ということになりますが、ざっくりいうと姿勢を正した時に地面と平行な線と考えてくださるといいです。
DrKlontzはこの角度は75°が基準で必ず70°~78°に入らなければいけないとしています。私がまだ東京にいた頃DrKlontzのセミナーで直接指導を受けた際にこの角度はmay beではなく、must beだと厳しく指導を受けた記憶があります。
この基準値は出っ歯では小さくなり、反対咬合では大きくなります。特にアデノイド顔貌では極端に小さくなります。顎がないように見える顔の人はこの角度が小さいためこの角度を正常値に近づけるような治療方針を立てるとぐっと顔のバランスが整います。
顔の黄金比
黄金比って聞いたことありませんか?黄金比率は1:1.618・・・であり、人間はこの比率で構成されているものを無意識に美しいと感じるそうです。
ピラミッドやサクラダファミリア、レオナルドダヴィンチのモナリザの微笑もこの黄金比が成立していることで有名です。なじみの深いところではクレジットカードの縦横比はこの黄金比の通りに作られています。また、我々が美しいと感じる顔には黄金比が成立しているそうです。石河ら(1988)はこの黄金比率が男女差があるものの概ね成立して外科矯正の手術時に黄金比率コンパスを応用することで美しい顔貌にすることができると発表しています。
イラストは石河らの発表した美しい顔面高径の比率を示したものです。少し難しいですが説明します。
LC:外眼角点 目じりのことです。
LN:鼻外側転 鼻孔(鼻の穴)の真ん中のことです。
CH:口角点 口角のことです。
M: オトガイ点 顎の先端の一番尖っているところです。
LC~LNを中顔面、LN~Mを下顔面といいます。
LN~CHを上顎高、CH~Mを下顎高といいます。
石河らは中間面:下顔面、上顎高:下顎高で概ね黄金比率(1:1.618・・・)が成立しているとしています。
この顔面高の黄金比率は通常の矯正治療ではあまり大きく変化させることができません。他の4つの綺麗な横顔の基準では前歯を前後に動かすことで大きく変化させることができるのですが、この顔面高の比率を変化させるためには奥歯を上下に動かす必要があるのです。奥歯の上下移動は成人では特に制限があるのです。そのため、私はこの5番目の基準は主に外科矯正(矯正治療と外科手術を併用した保険適応の特殊な矯正治療)で使用しています。
綺麗な横顔にするためのシュミレーション
今まで私が普段の治療で使用する綺麗な横顔の5つの基準について説明しましたが、ここから実際のレントゲンを使用してどのように治療に役立てるのか説明します。外科矯正の話を絡めると複雑すぎてわかりにくくなるため、通常の矯正治療を行う前提でのシュミレーションの一例を2症例程お見せします。そのため、黄金比については省略しています。実際の症例ではすべての綺麗な横顔の基準に当てはめることができない場合があることがわかると思います。
また、実際の治療ではデコボコがどれだけあるのか(デコボコが大きいと抜歯矯正でも前歯の後方移動量が少なくなります)、前歯を後ろに移動した特にどの程度唇がついてきてくれるのか?(軟組織追従率といって個人差が大きいです)などの制約がありますので、すべての症例で適正な位置まで唇を引っ込めることができるわけではありません。
第1症例
まずはイラストの説明をします。
上段のイラスト(レントゲン)で実際の横顔の輪郭を黒い線で描いています。赤い線は上下の唇をこの辺りにもってくると綺麗な横顔になるのではないかというシュミレーションで描いた線です。
下段の表は目標値が綺麗な横顔の基準値、初診時が黒い線で描いた初診時の初めの横顔の輪郭の時の値、シュミレーションが赤い線で描いた輪郭に変化させたときの値です。
この症例は上下の前歯が突出していて上下の唇が突出しています。下顎骨が少し後方回転していますが、アデノイド顔貌というほど顎のない横顔ではありません。綺麗な横顔の基準で見ると、E-lineに対して上唇が1mm、下唇が5mm突出しています。鼻唇角が80°と小さく、上唇の傾斜度も29°で上唇が沿っていることがわかります。また、Z-angle,が60°でオトガイが後退していますが、極端な数値ではありません。
このような単純に上下の唇が出ている場合は上下の唇を引っ込めると綺麗な横顔になります。試しに下唇をE-lineに接する位置まで下げて口元のシュミレーションを作成してみました(赤線)。そうすると、鼻唇角、Z-angle、上唇の傾斜度が全て目標とする基準値になることがわかります。この状態で患者さんとすり合わせをするわけですが、患者さんがもう少し口元が引っ込んだ横顔をお望みのようでしたら、下唇をさらに1mm~2mm後退させてもいいと思います。
第2症例
この第2症例も第1症例と同様に口元が突出していますが、骨格が大きく異なることがわかるでしょうか?この方の場合は上下の歯が突出しているというより、下顎骨が著しく後方に回転することでオトガイの後退感がでています。所謂アデノイド顔貌と言われるタイプです。綺麗な横顔の基準で確認すると、E-lineに対して上唇は1mm、下唇が7mm突出していて、オトガイの後退による相対的な下唇の突出が目立ちます。鼻唇角が100°、上唇の傾斜度が18°です。鼻が少し上向きなので、鼻唇角が大きくなっているように思えますが、上唇の突出度も適切な角度ですので、上唇の位置自体は問題がないと思われます。Z-angleが52°とかなり小さな値になっていますね。このZ-angleが小さくなるのがアデノイド顔貌の特徴です。
このように下顎骨の後方回転を原因としたアデノイド顔貌で、加えて上唇の位置に大きな問題のない(どちらかというと上唇が突出していない)場合は矯正治療単独で綺麗な横顔をつくることが難しい症例です。今回もとりあえず、下唇をE-lineに接するところまで7mm引っ込めてシュミレーションを作成してみました(赤線)。上唇はE-lineから2mm後ろにありますので、基準値内に収まっています。ただ、鼻唇角は115°と基準値を超えた値になりますし、上唇の傾斜度は0°とかなり非常に小さな値になっています。この数値は鼻が上向きなのも不利に働いています。この時点でこれ以上上下唇を後退させられないと判断するわけですが、Z-angleは68°でこの数値だけ見れば下唇をもっと後退させるべきということになります。ちなみに下唇をさらに1mm後退させるとZ-angleは適切な角度になるのですが、そんなことをすると上唇がとても引っ込んだ横顔になってしまいますのでお勧めできません。
このような場合に患者さんがこのシュミレーションよりももっと綺麗な横顔を希望された場合は、外科矯正かオトガイ形成術を検討します。もしオトガイ形成術を患者さんが希望されるということであれば、私でしたらこのシュミレーションよりも上下の唇の位置を前方に設定します。
オトガイ形成術でオトガイの位置が前方に変化すると、このシュミレーションほど上下唇を後退させなくても十分綺麗な横顔になることが予測できますし、上唇を下げすぎないですむからです。
(注)オトガイ形成術はオトガイ部の骨の一部を切り離して位置を修正する手術ですが、矯正歯科が担当することはなく、口腔外科か形成外科が担当します。私のクリニックでは矯正治療終了後に形成外科に依頼しています。
参考文献
この記事を書くにあたり以下の文献を参考にさせて頂きました。
石 河 信 高, 市 ノ川 義 美, 他: 顎 矯 正 外科 に おける顔 面 各 部 高 径 決 定 の た め の 黄金 分 割 コン パ スの応 用. 顎 変 形誌3: 84-85 1984.